日進ムーンウォーカー

Alien to people, Behind people, Closed to people, Distant from people, Eliminate me Fujita

APMキャラクターエッセイ①「てんどんまん」

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tendon-man

https://www.anpanman.jp/about/friends/g90czjaikabysc0b.html

どんぶりまんトリオの中心的存在。

https://dic.nicovideo.jp/a/%E3%81%A6%E3%82%93%E3%81%A9%E3%82%93%E3%81%BE%E3%82%93

上記urlはニコニコ大百科

https://www.dailymotion.com/video/x3r87jv

てんどんまん てんどんじまんのうた

 

小言から入るのは気が引けるが、まずHPのてんどんまん死の写真から「てんどん」要素がエビ天の尻尾の先端しか見て取れないというのはいかがなものか(「氏」を誤変換してしまったが、若干おもしろかったので放置した)。

アンパンマン(以降簡単にAPMと称する)の多くのキャラクターは、アイデンティティとなる食べ物などに人格が付与されるという形態をとって存在しているが、この各々が有するアイデンティティとその実際のキャラクターの距離感について、少なくとも飲食物系キャラクターについては、

①それ自体(itself)パターン:食べ物それ自体に目鼻口がついてペラペラ喋っているような連中。

②人間パターン:ある食べ物に異常に傾倒している(場合によってはそのコスプレをしている)人間、またはその食べ物をつくる職人のような風体の者。

の2パターンに大別できるかと思われる。ただ、嫌がらせみたいな、この2区分の中間的、過渡的な輩もいくらか存在しており、安易に決めつけられないのが実情である。

てんどんまんが常人と肉体の構造を異にしているということは衆目の一致するところであり、明確にそれ自体パターンである。実際、「それいけ!アンパンマン ばいきんまんの逆襲」(1990)の劇中において、当作品でキー・ロールを果たし、アンパンマンサイドとばいきんまんサイドの間で争奪戦が起こる「メコイスの壺」が、不意にてんどんまんの頭蓋(?)である丼のなかへ突如飛び込んできて、恐ろしいことに氏の生命源であろう天丼が四散(文字通りスプラッター)し、卒倒する描写がある。これがジャムおじさんだったら、いくら数え切れないほどの逆境を乗り越えてきた壮漢ジャムおじさんとはいえ、脳味噌を吹き飛ばされてしまえば、即死か辛うじて一命を取り留めたとしても畜生未満の余生である。

アンパンマンは、しばしばばいきんまんの卓越したエンジニアリングおよび策謀の前に、例えば顔面をぬらされる(get wet)、顔面のゆがめられる(get distorted)、顔面を汚される(get dirty)ことによって無力化ないし弱体化させられ窮地に追いやられる。それでも、ばいきんまんのなけなしの倫理観によってか、又はアンパンマンの最大限の努力によってか、顔面がはじけ飛んだり、原型を失うほど破壊されたことは(おそらく)ない。それはAPMワールド鉄の掟なのである。つまり、キャラクターの「食べ物性」とあまり距離を詰めすぎてはいけない、という暗黙のルールである。これは、舞台設定の時点から存在した作品の「危うさ」の根本である。実世界では多くの場合、食人・カニバリズムは倫理に大きく悖る外道な行為・習俗として認識される。しかし一方のAPMワールドは、この倫理的大罪が緩慢に横行する外道の世界なのである。それを許しているのは、キャラクターの特質と狂気的に平和な合意形成にほかならない。

しかし先の場面、氏はあろうことか、ほとんどこの法を犯した。それを間近で目撃してしまったかまめしどんとかつどんまんは、顔面蒼白し戦く。これはわけもない。戦国時代の敬虔なクリスチャンの武士が、街を散歩していたら何かの間違いで通りに落ちていた踏み絵のイエスを踏んでしまったときのような感情を抱いたにちがいない。無様にその場に崩れ落ちるてんどんまんが、どれほど忌まわしく映ったかは想像に難くない。

前述の映画の劇中で、ばいきんまんが飛行能力を失ったアンパンマンに対して「飛べなければただのあんパンだ!」と愚弄するシーンがある。ここにおいて、ばいきんまんは突如前触れもなくアンパンマンの「食べ物性」つまり「あんパン性」を看破したしたわけだが、これもAPMワールド的にはアウト、実質的に鉄の掟に抵触するNG発言である。このあたりの事情については、気長にこれ以降の投稿でダラダラ論じたいと思う。

てんどんまんの話に戻ろう。

実は上掲ニコニコ大百科で、とんでもない記述を発見してしまった。曰く

なお、丼の中身は天丼じゃなくても良いらしいが天丼が一番が出るらしい」。

これは大事件である。たけのこの里を買ったのに、中身がきのこの山だったらどうだろうか。私なら怒りと悲しみで三日は寝付けなくなる。そういえば、先ほど鉄則を破ったてんどんまんに対し、2人の目撃者は各々自分の釜および丼の飯をてんどんまんに分け与え復活させていた。

かまめしの入ったてんどんまんは、てんどんまんか?

丼の中身は彼(もはや、てんどんまんなどと呼ばれる資格もない!)の人格には影響しないようである。彼にとって「天丼」はアトリビュートではなかったのか?そうでないなら、衣服のようなものであろうか。しかし我々は、少なくとも私∈我々であるところの私は、全身タイツを着用しているからといって「全身タイツ藤田」などとクソ寒い二つ名を名乗ったりしない。では、単に姓名に過ぎないのであろうか。なるほど確かに剛力彩芽さんが剛力であるという話は聞いたことがない。Maezawaと脈あるのないのみたいな話しか聞かない。

などとつまらぬ思考を巡らせていたところ、2005年疱瘡「てんどんまんとちゃわんむしまろ」において、(部分的にしか確認できなかったので詳細は分からないが)おそらくどんぶりに茶碗蒸しを充填されたてんどんまんは、平時の明朗快活さを失ったうえ、「ちゃわんむしどんまん」を自称していた。

影響してるやん!映画のあれなんだったんや!(エコー)

こうして晴れて彼を、躊躇なく「てんどんまん」と呼べ...るか?

彼の本体は「どんまん」で、たまたま天丼が入っているだけというほうが実情に近いように思われる。「どんまん」。虚しいし、虚しさも込みでどことなく「ジョイマン」みたいで萎える。ただしこうなると、今度はおそらく同じような事情を抱えた「かつどんまん」が問題になる。もはや彼らは救済されない。一生涯、裁判長である自分しかいない法廷に己の自己同一性を立たせ続け、確実な死刑判決をひたすら先延ばしにすることしかできない。寧ろ、たまたまこの厄災を免れたかまめしどんはかまめしどんで気の毒である。

編集画面を上へスクロールすると、ある文字列が目に入った。

てんどんまん てんどんじまんのうた」

 

 

 

 

 

 

この「てんどんまん問題」を、画面の向こう、APMワールドのことだと思っている人は、APMワールドで暮らす素質がある。