日進ムーンウォーカー

Alien to people, Behind people, Closed to people, Distant from people, Eliminate me Fujita

海賊舟を編む①「非恣意的近接性」

他人を騙すにはまず自分から

 

 

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表題に圧倒された方がもしいたら、安心してください。

 

当記事では、新たな辞書の編纂に取り組む人々を描いた小説「舟を編む」にちなんで、アプリ「入力できるくじ引き」を使って、「(否定接頭辞)+〇〇的+〇〇性」の構造をとった、なにか意味ありげな言葉を作ります

 

用意した「〇〇的」55個、「〇〇性」25個から各一個を抽選し、その後接頭辞の有無も抽選して新語を生成します。

「海賊船」です。

当然、意味なんかありませんが、一応無理矢理ゴムゴム解釈してみて、”””新世界”””を目指します。

クズ鉄の錬金術師です。

では・・・

ドン!

 

 

 

:非恣意的近接性(un-arbitrary proximity)

ちゃんとよく分からない言葉が錬成されてうれしい。ちなみに、どの1単語が生まれる可能性も0.036%なので、運命だと思って蛇足を書き足していきたい。

「恣」は「ほしいまま」と訓読し、「恣意的」とは、goo辞書の言葉では「(論理的に必然性の要求される場面で)思うままに振る舞うこと」である。どうも、ソシュールの用語を和訳したものであるとか。暗君など、地位ある人の愚行について言うことが多い。

そもそも、「恣意的」という言葉は動作を形容する言葉である。名詞を形容するのでは、何かを「恣(ほしいまま)」にする主語を想定できないではないか。・・・あっ、沈没船だ!

いや、ここが踏ん張りどころである。まず「非恣意的近接性」と言っているのだから、「恣意的近接性」があるはずである(ないが)。それから考えてみる。

「近接」という距離感を表す言葉があるので、その意味するところには複数の対象が存在していなければならない。ここで、「恣意」の主体たる”一人称の意味するところの存在”、主体と一定の「距離」を保持する任意の客体を仮定する。

直感的には、「私が意図的にあなたと距離を詰めている」と解釈できる。しかし「恣意」の意味からして、そこには二者の距離に関して参照すべき何らかのルールや慣行が存在していなければならない。つまり、節度を持って距離を取らなければならない場面で、主体がそれらを(不注意などから)顧みず接近している、といった状況であろうか。

いや、コロナやん!

ごく微弱な電流が走った。時節に合致していて若干感動している。ここでかなり具体的な場面を想定することには成功したので、チマチマ肉付けしていきたい。

まず「名詞問題」を早々に片付けたい。錬成したのは「非恣意的近接」ではない。「恣意的近接」が、先月あたり「ズッ友と鍋パなう!」などとインスタのストーリーに投稿ピーポーのその会合について言うとするなら、「恣意的近接性」は、その距離感について言っているはずである。つまり、「恣意的に近接したときの近さ」である。そんなもの、一般化できるのか・・・というか、近接していることが問題なのであって、その程度に意味はないのでは?

「近接性」の解釈の問題になってきた。近接性とは、考え直せば「アクセスの容易さ」とも考えられる。またついさっきの解釈の結果からして、”心理的な”アクセスの容易さと考えるのが最も自然な気がしている。総合して、「恣意的近接性」とは、例えば「コロナ禍真っ最中における”密”な会合に対するモチベーション」を指しているとは考えられないか。こちらは、「恣意的に近接しようとする性質」といった解釈である。幾分、自然な感じがする!

つまり、コロナに関して言えば、「恣意的近接性の高い人物」と言えば、不用心なウェイのことを示すだろう。なんというか・・・クッソ具体的だ!

フィニッシュアップである。問題は「”非”恣意的近接性」である。「非恣意的」などという表現がおそらくそもそも存在しないと思うが、無理矢理解釈するなら、周囲によく気を配って、というような意味になるのではないか。「非恣意的近接性」と言ったなら、「平時、コロナ騒動に気を配った上での対人交流へのモチベーション」などといった感じか。

一般化する。「非恣意的近接性」とは「接触が好ましくない(と考えられている)相手に対して、(それを承知した上での)その相手との間の心理的な距離感や、その相手との交流のモチベーション」のことである。

 

幸いにも、用語「非恣意的近接性」のシーズンも去ろうとしている。建造された頃には大型戦艦の時代が終わっていた戦艦大和みがある。だが、まだおそらくこの海賊船が航海できる海は存在する。例えば人種差別問題のフィールドであるとか、放射能汚染の問題であるとか。・・・いずれもハンパなく重い。いや、そういう死屍累々の地雷原をこそ、この珍奇な用語でもって、阿波踊りのステップで駆け抜けよう。そう言うのは、誰もこの用語にピンと来ないからである。

 

死産である。

 

水子供養