日進ムーンウォーカー

Alien to people, Behind people, Closed to people, Distant from people, Eliminate me Fujita

爆竹

春節にブチまけた爆竹の火力が思いのほか強く、私の持てる友人全て消し炭となった。癒えない火傷を持て余して、昼は藪に潜って香気のする野草を噛んで過ごし、夜は静まりかえった郊外の墓地で無心に『ラジオ深夜便』に耳を傾けて過ごした。ほぼ無限にあった藪の草を食い尽くしたとき、『ラジオ深夜便』はもはや人工呼吸器越しの静かな呼吸の音を放送するだけだった。同時に、藪があった場所と墓地を往復するのに、一夜では足りなくなっていた。そのころでさえ火傷は、その蝕む肉体と相容れようとせず、寧ろ肉体を離れて、火傷だけで存在していた。さっき述べたように、最後の藪を食った晩中には墓地にはたどり着けなかったので、日が昇る頃に墓地に着いたのだが、どうしようもないので来た道を折り返すと、藪が消え去った跡に、片側6車線もある国道が出現していた。火傷はうっかりいつもしていたように歩みを進めたせいで、囚人護送車に轢かれて死に、ピカピカの道路の最初のシミになった。私は一計を案じた。墓場から墓石を次々に持ち出すと、国道上に敷き詰めて遮断し、長く連れ添った火傷の唯一の形見がこれ以上蹂躙されることを防いだ。しかし、最後の墓石を運び終えて顧みると、今度は墓場のあった跡地に国道が建設されていた。旧国道では、墓石につまづいた救急車が卵液のようなものを垂れ流しながら静かに横たわっていた。見ると、車内いっぱいの生命維持装置に繋がれたかつての『ラジオ深夜便』のキャスターが赤紫色の皮膚を震わせていた。私は、旧国道が新国道から分岐する部分を封鎖しなければ、と考えて、墓石をいくつか担いで旧国道を遡ることにしたが、左側方に見えていた新国道はどういう訳か進むにつれて遠ざかっていった。墓石は朽ちてなくなっていた。偽物だったらしい。しかし運良く、その後直ちに旧国道の起点に至った。木造の家屋が建ち並ぶ街道のような道だった。道沿いのちょっとした広場で、数人の子供たちが微量の火薬をくべて遊んでいた。その子供たちがあまりにもかつての私の友人に似ていたので、私は頓狂な声を上げて子供たちの方へやにわに突進した。子供たちは俄然恐ろしさに、広場隅に積み上げてあった爆竹の方へ、遊びに使っていた火だねをさも大切そうに保ったまま逃げ隠れた。刹那、爆竹は近い順に五棟の建築を吹き飛ばした。私自身炎に巻かれながら、子供たちだった灰燼が直上数十メートルまで立ち上るのに刮目していた。ことごとく安っぽい法被を羽織った街の人間が続々と表に出てきた。やるせなく虚しい興奮を呼吸し、絶叫して行き交う街の人々をかわしながら、燃える半身をかばいつつ来た道を戻ろうとすると、にわかに、発狂する雑踏に紛れて、轢死したはずのあの火傷が、広場のほうへ向かっているのが見えた。私は驚いて、必死に身体をねじってそちらへ向かおうとするが、もう爆発とは関係なくただ癇癪を起こして無秩序に騒ぎまくっている群衆の波を押し返すことはできなかった。結局、街道の外の、ちょっとした池のほとりまで押し出された。街のほうを見やると、無数の火柱が上がっているのが見えた。半狂乱の人々が誤って出火させたのだろう。私のいる外縁の人々が、それを訝しんでか、あるいは縁者や家財があるからか、火柱の方へ向かっていくせいで、人々は火から逃げることができなかった。忽ち、二、三の爆竹によると思われる爆発が向こうに見えた。それでもなお、私の見える辺りにいる人々は真剣に火の方へ向かっていく。火傷も、おそらくこの自殺集団に呑まれて焦熱地獄の中にいる。火傷は私を尋ねてやってきたのだろうかと考えると、どうしようもなく悔しかった。池の岸から、可能な最も強い言葉で畜生の群れを呪った。胃腸の病気をしたときの嘔吐のように、それ自体汚く呪わしい呪いの言葉をまくし立てた。爆竹の炸裂音と人々の断末魔が依然響き渡るなか、涙で潤み赤一色となった視界に向かって、人が一生に一度吐くか吐かないかの呪いの言葉を、何度も、何度も叫んだ。