日進ムーンウォーカー

Alien to people, Behind people, Closed to people, Distant from people, Eliminate me Fujita

筆不抄(2):陸上競技における盗撮について

穏やかならぬ表題であるが、6年ちょっと陸上を続けていた自分としては、長らく大きな関心事の一つだった。それについて文章にするが、まずいことを書いてしまわないか恐々としている。

正直、正直に言って、女子のセパレートのユニフォームは、かなりきわどい。癇癪持ちの方はひょっとするともう癇癪を起こされているかも知れないが、では女子選手に「その格好で名駅を金時計から銀時計まで歩けるか」と聞いたら、大概無理だと返答されるのではないか。まして女子の学生が公然とそういう攻めた装いをする場面は大体競技場のほかになく、公然とでなければ多くは法の干渉を逃れた場だったりするのではないかと思う(言葉選びにかなり慎重を期していることを察して欲しい)。

そういうある種センセーショナルな(センシュアルな、と言うつもりはない)光景を前にしながら、やたら落ち着き払っていられる陸上に励む男子諸君は雁首揃ってゲイなのかというと、断じてそんなことはない。なぜ彼らがそんなにまっすぐな瞳をしていられるかというと、思うにその瞳で「陸上」を直視しているからで、その他の余計なことには脇目を振らないでいるからではないか。もしそうなら、陸上の門外漢でカメラがお好きな方々が卑劣な悪行を思い当たることについても、その延長で説明できる。

盗撮について、世間、とりわけ陸上の関係者は非常に強い語調でこれを咎める。それらは主として「失礼」という(曖昧な)言葉によってだが、彼らの内の誰もそれに注釈をしてこなかった。

  • 例えば、高校が(顕彰のため)自校のHPに掲載した女子競技者のレース中の写真を、閲覧者がよこしまな目的で閲覧したとき、この閲覧者と(アップロード目的でなく)自身で鑑賞する目的で盗撮に及ぶ犯罪者との違いは、「実際に行為に及んだか否か」以外にあるのか(法に抵触したか、は自明なので無視する)?
  • 例えば、盗撮犯が「私はこの選手のファンなので写真を撮っていました」と主張したとき、彼はどこまで咎められるのか?
  • 例えば、普段はバスケ部に所属している女子学生が、人に薦められて、興味本位(ノリ)で陸上の400mに出場することになったが、不幸にもそこで盗撮被害に遭ってしまったとき、「真摯に陸上に取り組む人々への侮辱」を語っていた人々のうちのどれだけが同様の主張を続けられるのか?
  • 例えば、現行のものより一層きわどい「機能性を追求した」ユニフォームで大会に出場した選手がいて盗撮被害に遭ったとき、彼女はどこまで擁護されるべきなのか?

足つったり、疲れて倒れ込んだり、過呼吸になったりしながら日々陸上に明け暮れる選手のいわば正念場を茶化すようなクソみたいな行為である盗撮に心底ブチ切れるのは分かる。しかしそれらは、一旦深呼吸した上で「個人的な怒り」として語り出されるべきではないかと思う。それは全く、土足で座敷に上がってきたアメリカ人をシバくのと同じ要領で。(1195文字)

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