日進ムーンウォーカー

Alien to people, Behind people, Closed to people, Distant from people, Eliminate me Fujita

筆不抄(8):アセロラについて

自分はアセロラ飲料が好きである。好きが昂じて、隙あらば静脈にアセロラリキッドを点滴で注入している(自分は飲食物への嗜好について「点滴で体内に注入している」と表現することが多い。若干マンネリ気味である)。それと「目に入れても痛くない」ほど好きなので、アセロラ食品は目で咀嚼している。誰かがアセロラを誹謗するところを聞けば、速やかにTwitterのアカウントを特定して凍結させている。

悪趣味な冗談はさておいて本題に入るが、識者の内でこの頃まことしやかに囁かれているアセロラにまつわる説を、本日皆さんに紹介したい。

それは、「アセロラ存在しない説」である。

我々は日々アセロラ飲料、稀に食品を目にするが、「アセロラ味」こそ見れど、「アセロラ」が単体で売られているところを自分は一度も見たことがない。それに、「アセロラ農家」という肩書きの人物の話を、自分は一度も耳にしたことがない。「アセロラ農家」という言葉に聞き馴染みが無すぎて、ドラッグ界隈の隠語にさえ聞こえる。だから、実はアセロラは、ニチレイがその存在を捏造した架空の果物なのではないか?というのが本仮説の概要である。

もし当記事公開の後に、「筆不抄」シリーズが軒並み削除され、ひいては小生が不審死を遂げるようなことがあれば、記事を閲覧した皆さんは力の限り、命を賭して説を拡散して頂き、世論の形成に努めて欲しい。皆さんは今この瞬間から、日本社会・経済に浸透しつつ、全国民を今の今まで欺いてきた「アセロラ」という卑劣な欺瞞を告発する運命のクルセイダーズなのである。

だが何もアセロラだけが厳しい追及を受けるべきところのものではない。例えば、「恐竜図鑑」。あれ全部デタラメ書いてるのではないかと、稀に思う。「深海魚図鑑」なんて代物があれば、それも同様である。

一方でコアラは、東山動物園で見たので確かに存在する。...いや、そうとも限らない。東山動物園はあの動物を「コアラ」と呼んで公開していたが、実はあれらは「コアラ」ではなく、我々の内に「コアラ」という動物像を作り出すために、どこかから拾ってきた「コアラもどき」かも知れない。「コアラ」という動物はもっと別の生態や形姿をしているか、そもそも存在せず、名古屋市の小中学生は東山動物園の周到な罠に現在進行形で陥っているのかもしれない。

察された方も多いかと思うが、アセロラの実在を疑い出すと、あらゆる塗り固められていた常識が融解しだす。融解を始めた場合、直ちにアセロラ飲料を点滴投与しないと、世界像は原型を完全に喪失してしまう。

しかし、「森羅万象が疑わしい」という事態には、もはや意味がない。全てが疑わしいなら、「疑う」という行為に意味がなくなるからである。何かを疑うためには、そこに依拠して疑うという行為をするべきところの「確からしい事実」が必要なのである。よって、世界像が完全に崩れ去った時点で生じた疑義は忽ち霧消し、「さしあたりあるがままで」という方針が自然に選択される。こうしてアセロラ穿った「蟻穴」を端緒として決壊した世界という堤は、超自然的な力によって再生する。

この周辺の問題には、非常に入り組んだ議論が存在する。とにかく、アセロラはさながらイエスの如く甦り、花を咲かせ、実をつける。だが、それがどんな花で実なのか、私は知らない。(1364字)

f:id:Betterthannot:20210301004137p:plain