日進ムーンウォーカー

Alien to people, Behind people, Closed to people, Distant from people, Eliminate me Fujita

筆不抄(14):クセについて

TV番組「エンタの神様」の鬼メンタルしたラストバッターというだけの印象だった渡辺直美が、いつのまにか本当に”エンタの神様”になろうとしている。アンガールズやハリセンボンも、今やアンガールズ”さん”、ハリセンボン”さん”といった格好でTVに出演している。私が小中学生だったときのチャレンジャーたちが、その野望を成し遂げるさまを、今眼前にしている。

千鳥もそうである。彼らはもう、ユーモアを制してしまった。ノブが「クセ!!」と一言のたまえば、忽ち全ては満足に解決してしまう。「クセがすごいィ!」のフレーズが、まさに読んで字の如く一世を風靡するその光景を、私は見た。聞くところによれば、そのフレーズをタイトルに冠した千鳥の冠番組までやってるそうではないか。

驚くべきはその汎用性である。痒いところにスイスイ手が届く快さ。一方で、私のようなユーモアのhの字も解さない素人が(hは発音されないので解する必要がないかもしれない)、気安く「クセ!!」などと言ってはいけない気もする。というか、その「クセ」を、ノブの用語によってではなく、私の言葉でこそ言い当てなければならないのだと思う。それがユーモアに興じるものに最低限課された使命ではないか。

 

しばしば、ギャルはアンチ知性の旗手のように思われる。「ギャル」という言葉は比較的ネガティブな文面で目にしがちである。その旗印の如き合い言葉(?)が「ヤバい」なのだが、なぜこの言葉が微塵も知性をにおわせないのかと言うと、けだしその「ヤバい」ものを何とかして言い表そうという努力を放棄しているように感じさせるからであろう。何を目にしてもやたら「ヤバい」と連呼する人がいたら、「それしか語彙ないのかな」と疑ってしまっても仕方ない。

「クセ!!」にも同様のきらいがある。だが、私はここで「ヤバい」と「クセ!!」の”怠慢”を断罪して、否定し去りたいのではない。寧ろ、その画期的さを評したい。

 

先ほども書いたように、「クセ!!」は非常に万能なテンプレとしてある。ノブの御仁は、これまで世にはびこっていたさまざまな「言いがたさ」を、十把一絡げに「クセ」という”概念”に総合してしまったのである。それは、俗に言われる意味においてより、よほど哲学的である。

名大出版会から出版されている「〈概念工学〉宣言!」という書籍の紹介文には「概念工学とは、有用な概念を創造・改定する新たなフレームワークである。 とあるが、「クセ」もその類いなのではないかと密かに思っている(無責任極まりないが、私はこの本を読んでいないので、概念工学のより厳密な定義を知らない)。この意味において、ノブ氏の仕事は発明的なのである。

癖という日本語はずっとあったが、自明なように「クセ」はそれではない。発明と言っても、なにも突飛で新奇な用語に意味を付与することだけが発明ではない。例えば、(私は詳しくないが)哲学者のメルロ・ポンティが自身の哲学において用いる「肉」という用語は、ドンキで生命をナメたような安価で売られているあの「肉」のことを言っているのではない。(私は詳しくないが)哲学者のエマニュエル・レヴィナスが自身の哲学において用いる「顔」という用語も、ただ両肩の間から生えている頭にくっついた顔面を意味しているのではない。そして、何にも詳しくない自分が虚しい。

 

「クセ」は、理屈や論理によらず、大悟扮するタクシー運転手や寿司屋の大将の逸脱した言動によって、全くアクチュアルに定義されている。「クセ」とは、素直な解釈としてアクセントであり、逸脱であり、偏りであるが、「意匠」のような意味にとれないでもない。ここがミソではないかなと思う。

「ヤバい」といった類いの言葉では、緩急や過剰を指摘するので手一杯だ。しかし、ただの逸脱や偏りではなく、そこに未消化の”お笑い”がある、という指摘。それが暗になされる故に、一連の応酬に白々しさがない。興を興のまま処理しながら、つまり”お笑い”に興じながら、興に没入しない。そういう絶妙な距離からパンチを繰り出すから、メチャメチャ効く(勿論、どんな場合にも効くわけではない)。

 

 

千鳥が今ほど認知される以前のある日、ノブは劇場公演が終わると、その足で飲み屋へ立ち寄り、しこたま飲んだ。その時既に、ノブはユーモアを制していた。少なくともそういう確かな感触があった。千鳥足で店をあとにしたノブはタクシーを呼び止め、帰途につく。その車内で、酔いが回ったノブは、一人有頂天になっていた。やがて信号で止まり、辺りが少し静かになると、脳内を漂う数々の想念を押し分けて、モンテーニュ「随想録」の要旨を解説するラジオ音声が割り込む。そしてまどろむ視界の中にフランス・モラリストを代表する哲人の影が、はっきり立ち現れる。

ノブは、冷や水をかぶったように目を見開き、かの箴言を叫ぼうとする。

「Que seis-...!!」

しかし、須臾の沈黙を経て、ノブはもうそれ以上言わなかった。

ノブは、そのような試練に晒されてなお、ユーモアを制したことを確信していた。ノブは、モンテーニュを退けた。

「Que seis...」即ち「クセ」は、ノブの戦勝碑なのだ。

 

 

...虚言癖がすごいィ!(2134字)

 

 

 

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