日進ムーンウォーカー

Alien to people, Behind people, Closed to people, Distant from people, Eliminate me Fujita

筆不抄(19):夜に駆ることについて

先週の中頃、静大オリジナルアパレルを入手すべく、静岡大学・浜松キャンパスまでチャリンコで突撃した。なまった肉体に過ぎたる負荷だった上に、結局得るものは得られず、さながらシベリア出兵のような遠征になってしまった。

静大アパレルを得られず、悲しみに暮れる藤田青年が感情にまかせて書き付けた投書が以下である。

 

 

それはそうとして。年数回する自転車での遠出が、私の趣味と言える唯一の趣味である。

小学生の時に、友人と木曽三川公園まで漕いだのが最初の遠出だった。それからは基本的にソロで、足助町可児市新城市関ケ原町蒲郡市本巣市北勢町根羽村南山城村・・・と距離を伸ばしていった。

大学生になるまでに、私のなけなしの脚力でもって辛うじて1日で往復できるところまでは大方行ってしまったので、一昨年は丸2日かけて金沢まで、昨年も同じだけかけて舞鶴まで、文字通り「弾丸旅行」した。

 

 

ただ、これらについて、個人的なこだわりながら、どうも「旅」という言葉を使いたくない。そうすると、「旅行」「観光」のようなニュアンスを帯びる気がするからである。シンプルに「旅」という語感がクサいというのもある。

 

そう言う理由として、もちろん毎回目的地には興味のある土地を設定するのだが、そこへ行きたくてチャリンコを駆るというよりも、知らない土地を通り過ぎたり、路傍に突っ立ってる看板に書かれた地名をなんとなく目で追うのが好きでやってるみたいなところがあるから、というのが一つ。

それに、意外と当初の目的地より、たまたま通りがかったプチ景勝やローカル旧跡の方がアツかったりということが割とある。というか、途中で目的地が変わることもザラだったりする。

 

そしてもう一つが、端的に言って、どの回も例に漏れず苦行であったということである。

まず疲労。平地をいつものギアで漕いでるはずなのに、ペダルが異常に重いときの絶望感をご存知だろうか。それがまだ往路だったときの、あるいは復路でまだ距離があるにも関わらず日没間際でそうだったときの絶望感を、ご存知だろうか。

そして坂道。坂道の傾斜がエグすぎて、思わず笑った経験がおありだろうか。あるいは、コーナーを曲がれども曲がれども尽きることなくその先に坂道が現れるのに、思わず笑った経験がおありだろうか。これでも”丘育ち”で(尾張丘陵などと言われるそれ)、母校の神”丘”中学校が坂のド真ん中にあった私であり、「坂のお笑い」(何だそれは?)には抗体がある気がしていたのである。

それに、暑さと寒さ。こいつらが、シンプルに一番凶悪である。特に寒さは、本当に「死ぬ」と思わせる。天下の名古屋市でぬくぬくだらだら育った私なので、人生においてそう滅多に死を覚悟する場面はないのだが、路面の積雪で自転車もロクに漕げない山奥で凍えたときは、流石に「もしかして:死」のサジェストが浮かんだ。

 

最後に、「暗さ」である。

 金沢の回は、個人的に「自殺遠征」と銘打っていたこともあって、行程も非常に大雑把にしか考えていなかったため、復路、真夜中にガチ山奥に突入する大失敗を犯した。確か一晩かけて福井から長浜へ抜けようとしたのだと記憶している。そして、私の自転車には、率直に、ライトがついていなかった*1

暗い。本当に。

 

日頃我々が夜と呼び慣らしているのは、ただの「期間」のことに過ぎない。すなわち、夜は我々にとって、「昼でない間の時間」「何時~何時」「日没~翌日の日の出」という風に認識される時間帯としてある。

しかし本来夜とは、あるいは夜の本来的なあり方は、自律的で絶対的な時空間(としてのあり方)のはずなのである。さきに述べたような、思い思いに刻まれて蹂躙された夜はおよそ本来的な夜ではない。本来の夜が虎なら、虎の皮を剥いで作られた絨毯のようなそれである。だが、日頃我々の暮らしの中で繰り返し立ち現われる夜は、まさにそのような、征服された夜なのである。

一方で、法に触れるチャリと汚いリュックだけ与えられて私が放りだされたあの夜において、私はホストではなく、完全にゲストだった。いや、侵入者、ないし部外者という表現の方が正確である。見渡す限り、闇と低い頻度で現れる電灯しかないのだが、明らかに”闇”から”住人”の気配がする。神経質になっていただけかも知れないが、「家と学校と塾しかない」でおなじみの名古屋市名東区でアホみたいに指くわえて育った私には、その無限の深みを湛える夜闇にどんな野生動物が紛れてい得るか、皆目見当もつかなかったのである。

夜とはかくも心許なく、心細い。

 

f:id:Betterthannot:20210401093810j:plain

 

そのような恐ろしい体験に学んだ天使族の小生は、その翌年挑んだ舞鶴遠征では、夜中に員弁から多賀へ抜ける山道を通過する予定であったので、出発前に(ちゃんと)ライトを購入した。

しかし、出発してしばらく経った高畑駅を過ぎたあたりで、走行中にライトを誤って落下させ、破壊してしまう。

このときの私の心情が分かるだろうか。ジェットコースターが発車した直後に、自分の安全バーのロックが外れていることに気づいたような気持ちである。

天命だと悟り、闇の全方位パノラマ山道に遮二無二突入した。恐怖が生み出した幻覚だと信じたいのだが、坂を登り切ったところのトンネルの明かりの前をシカのような動物が通過するのを見た。これにはもう笑ってしまった。

 

それから半年して、”遠出”の勘を忘れてしまった私は、ロクな用意もなしに浜松に突っ込んだのだが、帰途案の定、新城市作手においてゲストとして闇にログインすることになった。イキイキした夜闇も相応に恐ろしいが、個人的にダントツで恐ろしいのはやはり野生動物である。スマホの微弱なライトを頼りに道を急ぐが、日中愚かにもコメダで音楽を聴いたりしていたために、あろうことか充電が切れる。

窮地の私は、チャリを駆りつつ「君が代(独唱)」と「蛍の光(独唱)」を息の続く限り独唱し、”蛍の光”によって野生動物を威嚇することにした。

暗い山道に自分の声だけが聞こえる、これが「アウェー」である。

 

 

一昨年の夏に、知多半島の先端で日の出をウォッチしようとチャリで出撃したとき、道中真夜中の海岸道へ出たのだが、地平線までのっぺり展びる黒洞々たる*2海面から強烈な「死」のインスピレーションを受けたことも思い出される。

時間は、「現実」の一点のみにおいて無限であると思う。「分かりきった」「安心な」ものに囲まれていると、意外と気づかない。

 

最後にヨアソビファンの方へ。軽率なパロディ的タイトルをすみません。気づいていらっしゃるかもしれませんが、本記事タイトルは「夜に駆ることについて(よるにかることについて)」であり、類似の曲名の楽曲とは一切関係がありません。(2862字)

 

 

*1:付いて。点いてではない。

*2:この表現に見覚えがある方は、きっと高校時代、国語の授業に真面目に取り組んでいらしたのではないでしょうか。