日進ムーンウォーカー

Alien to people, Behind people, Closed to people, Distant from people, Eliminate me Fujita

筆不抄(27):呼び込み君について

この平明快活というか、チープな音を聴いていると、虚しさとやるせなさでくたびれる。街頭の売店が日々商うように、意味ありげながらその実を虚しうする行為の応酬のうちに人生は終わるのだなと思われる。人を駄目にするのは人生の単調さではなく、そのとりとめの無さであると誰かが書いていた。なんでこう、生きている間、ややもすると散漫な日常に己が拡散してしまうのか、ちょっと分からない。俗界の塵を呼吸して、俗世の埃に塗れ、俗流に伍するを潔しとすると、人生はたかだか時間の経過に過ぎないまるで下らない代物に成り下がる。さもしく惨めな快楽の探求に汲汲とし、また不要どころか有害でさえある財産や所有物を心配するうちに精神が早々朽ちて、物理的化学的に肉体が滅びるのを待つだけとなった浮世の淀みのような人々は度しがたい。それでいて、僻みと妬みに裏打ちされた卑屈な傲慢と不遜によって視野狭窄に陥る畜類外道の如上の人々は、そのように脳を運ぶ肉の容器が寿命を迎えるのを待っているだけの存在だと自身を割り切ることをニヒルでクールだとあらぬ勘違いをし、あるいは彼らの気が滅入るほど退屈な玩物喪志が何かしらの点で高尚な営みであったと思い違う。魂への配慮を欠くと、魂は存続をやめる。分子の離合集散未満に堕ちたこのような人々(人とさえ呼ぶに値しないだろう)に、呼び込み君は引導を渡す。どんなに詩的に表現された欺瞞や耳に馴染む小手先の音楽的な技巧も、芸や術の一端たる音楽をおこがましく気取っている限り、この呼び込み君に及ぶべくもない。愚衆を挑発し笑うこの菩薩の声に耳を傾けなかった者は、洩れなく地獄に堕ちるのである。